BLAME!と磯崎新

BLAME!(1) (アフタヌーンKC)

BLAME!(1) (アフタヌーンKC)

久しぶりに休日をとったので、すこし遊ばせてもらおうと思って前日夜にマンガ喫茶に行って、読みたくて溜まってたマンガを一気読みしてきた。作家が全力だしてる作品というのは、マンガでもなんでも触れて心地よい。まあBLAME!の場合、内容は心地よいというより……寡黙でハードの極み、なわけだけど。
僕のなかでは、読んで疲れるというのは良いマンガの一つの基準なんだけど、見事にすごく疲れたよ。あと作者は建築を勉強していた人らしいのだけど、作品内でも建造物の描写に手をかけてるところとか個人的には楽しめた。
僕は芸術論なんて語るの怖いんだけど、あえて語れば、作品のもつ衝撃とかインパクトが芸術の本質なんじゃないかと思う。政治学の権力の定義と近いというか、作品に触れた人が触れなかった場合と比較してどれだけ変わるか、が芸術作品のチカラなのかなあと。
(だから、技術がどうとかのご大層な評論ではなくて、もっと直感的な評価で良いんだという認識が一般的になるべきで、そうならないと芸術なんてどこまでいっても一部の人間の自己満足のツールでしかないよ、とか毒も吐いてみる)
とりあえず、そういうインパクトという意味では「中で生活できてしまう」建築というのはそもそも作品のチカラの上限がものすごくでかい分野だと思っていて、ずっと興味がある。そのチカラを上手く活かせている他分野の作品にも興味があるわけで、宮崎アニメの「千と千尋の……」などはそういう視点で好きだった。
とりあえずBLAME!を読んだら、磯崎新を連想した。これとかね(確か新宿が舞台になっていたような気がする)
http://www.japandesign.ne.jp/HTM/JDNREPORT/050202/archilabo/l/16.html