NPOについて思うこと1

珍しくトラックバックいただきました。石井さん、ありがとうございます。お会いしたことないですけど、、いつも山本くんから話を伺ってますよ。

ユニークフェイス日誌 − Unique Face Diary - 顔とは何か問いかける
イシイの意見
国は特定非営利活動法人NPO法人)という制度そのものを、日本に定着させることに極めて消極的だと思う。特定非営利活動法人を、欧米のNPOのように大きな資金調達能力のある社会のインフラにしなくてもよいだろう、どうせボランティア団体なのだから、というような議論の流れは、特定非営利活動法人を法制化したときからあった。

議論の流れはチェックしてなくて分からないのだけれど、NPO=大きな資金調達能力のある社会インフラ、という状況にはまだほど遠い。なんで実現しないのか、といえば税金の存在意義が絡んでくる。
税金というのは、個人法人が儲けたお金の一部を社会還元して、世の中がより良くなるように、つまり発展するための原資、として使いましょうというお金。
社会における原資=お金は、人間のカラダにおける血液に似ている。毛細血管に血が流れないと体調不良が起きるようなもんで、原資の流れが滞ると調子が悪くなる。社会的な不公正とか、絶望の蔓延みたいなのが社会の発展を蝕んでいく。

重要なことはそれが税金かそうじゃないか、ではない。流れるべきところに、適正な規模で、効率的にお金が流れているかどうかだ。行政がキチンと使えるなら増税でも良いし、ムリなら減税して民間にお金を流そうというわけ。

404 Blog Not Found:許すって何様?
日本が高税率を維持できなくなった理由というのは、国家が国民に対して約束を履行していないというしごく単純な理由も大きくあるかと思います。「ごめん、いままでウソついてきて。税率下げるからこれで勘弁して下さい」という部分がかなりあるのです。

その証拠に、欧州、それも北の方では、当時の日本ですら考えられない高税率でも国民はそれをよしとしています。これらの国は日本とは比較にならないほど外国語教育が行き届いて、移住障壁が日本人よりずっと低いにも関わらず、です。

もうまったく同感で、「社会における原資」を一手に預かってきた行政が「流れるべきところに、適正な規模で、効率的にお金を流す」ことがやれてないのが日本の実態。行政に原資を預けてももうダメじゃないかという潜在意識はあると思う。

だから増税にたいする反応は芳しくない。これは国民全体で考えると合理的な行動だと説明できるだろう。もっとも社会が成熟すればするほど、お金を流すべき対象となる問題は、細かくて専門性が高くて個別対応が必要なものになるから、行政の限界は仕方がないところもある。

で、そんな状況なら原資を小分けにして、NPOに預けてくれたら良いのにと思う。良い仕事するからさ。ただその原資をどう集めるかというときに、行政が増税して配分するのは非効率。だから一人一人が好きなNPOを選んで、直接お金を渡したらいい。これがつまり寄付。

ところがNPOへの寄付というのは基本的に、損金算入されない。公共団体(自治体)とかだと全額損金算入される…と、つまりこれは行政の頭の中で「行政>NPO」みたいな構図があるから。行政がその不等式の間違いを認めたときに、「NPO=大きな資金調達能力のある社会インフラ」になり得る。

まあでも、行政様の動き次第というのもつまらないので、KOMPOSITIONも自分たちなりに寄付の仕組みとか作ろうかと思いますよ。「お上に税金で払うぐらいならKOMPOSITIONが使ってくれた方が良い」とか言われたいものです。そう思う人って、潜在的には多いと思うんだけどなあ…